セブ5年目の僕は。
【 セブ5年目の日 】
皆さまご無沙汰しております。
セブを愛する僕が2020年を迎え、そして自身の誕生日を2月5日に迎え、また思い入れの深い記念日を迎え、想うことをこの場所に綴っておきたいなと思います。
僕のセブ上陸記念日は2月19日です。
あの日から4年が経ちました。
この日は僕の人生初めに出来た親友テツの誕生日。
彼は僕が20代前半頃この世を去った。
山の中で亡くなって発見されたが3年後ようやくDNA鑑定が一致して彼だとわかったのだ。
セブ行きの日が決まった時、それがたまたまテツの誕生日だった事からこれは彼が応援してくれているんだと、強く心を決めた事今でも覚えている。
彼はいつも僕を褒めてくれた、君はすごい。君は素晴らしい。
幼き頃、僕はマイノリティである同性愛者である自分を受け入れる事が出来ず自分という人間を否定する日々であったが、彼がいつも僕を認めてくれていたので、それは僕の生き抜く原動力だった。
勿論彼にすら僕が同性愛者である事は口が裂けても言う事は出来なかった。
幼き頃の僕にとっては、それを世に口に出す事すらも出来ない程、何もかもが崩れてしまいそうなくらい恐いものだったのだ。
でも彼が大きな心でいつも僕を褒めてくれたから、素晴らしいと言い続けてくれたから、最後の最後まで僕は僕を諦めないでいれた。
だから、僕はいつも自分に負けそうな時、彼の言葉を思い出す。
自分に愛と誇りを忘れずにいれる。
僕の幼き頃の悲しみは誰のせいでもない。
しかし云うならば、世の中の仕組みや制度や決められた価値観なのかもしれない。
もしかしたら僕と同じような心境の中、苦しんでいる幼き子供たちはまだ沢山いるのだろう。その子達の為にも胸を張って同性愛者という枠すら越えて生きてやろうと決めている。
人間としてカッコよく生きるのだ。
性別なんてどこかの誰かが決めた何かだ。
僕は僕でしかないんだ。
いつしか僕は、そのような人間が作ってしまったもの故に悲しんでいる人たちに愛を持って癒していきたいと思うようになっていった。それは自分も沢山傷付いてきたから。
人間の大抵の悲しみやイライラは人間界が勝手に作り出したものの中から生まれている事が多い。
自然界は常に自由であり、愛で溢れていて輝いているのだ。
その事を忘れないように、その事を僕を通して思い出して貰えるように生きる。
疲弊した心の人がいたら癒しと元気を与えていきたい。
この5年目。
僕はまた力強く生きていく。
もう愛は充分に貰っている。
後はこの生命尽きるまで、信じた道を突き進むのみ。
世の中の悲しみを吹っ飛ばすのだ。